現代アニメ批評-アニメをさらにおもしろく-

現代アニメのストーリー面を主に批評していくブログです。自分の着想や視角をアニメーションをよりおもしろく観る「補助線」として書き綴っていきます。

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クラナドは人生(1)

『CLANNAD』(※After Storyは未視聴)

■「クラナドは人生」という言葉がある。(参照:http://d.hatena.ne.jp/keyword/CLANNAD%A4%CF%BF%CD%C0%B8)クラナドのジャンルを問われたときに2ちゃんねるで出てきた言葉らしい。ジャンルが「人生」というのもすさまじいが、この言葉にはインパクトがあったのと同時にやはりどこかでクラナドファンに響くものがあったということだろう。

■今まで、クラナドはTVシリーズ時にしても長続きせず、何度も観るのをやめてしまった作品だ。しかし、最近、クラナドを絶賛するサイトにぶち当たることが多くて、気になっていた。そんなに印象的な作品なのかといぶかしい気持ちで見てみたが、やはり、まだその絶賛の理由を理解できたとは言い難い。自身に、なんらかの読みとる能力が欠如している可能性がある。

■ここで、試論的に『クラナド』を突き放した感じで、現時点での一般的な「『クラナド』・愛」への考え方を示したい。まず、『クラナド』は「泣きゲー」と呼ばれるゲームであった点に注目する。つまり、ゲーム上ではプレイヤーが主人公となり、その世界に没入する構造を持っており、アニメ・クラナドも男性であれば、いわば主人公を通じて、物語に没入可能な演出を行う。もちろん、主人公を通じてだけではなく、この作品自体が「学校」を舞台としたアニメ作品に多いような、物語との距離感の近い作品である。たとえば、物語との距離感が遠いとは、たとえば、シリアスな設定で主人公に没入する余地が少ない作品をさす。有名どころでは、『攻殻機動隊』などだろうか。ふつうは、少佐やバトーになりたいとはあまり思わないのではないか。

■次にクラナドには「適度な」痛みと温かみがある。「適度」と書いたことは、誤解を生むかもしれないが、これこそフィクションの妙であり、「痛み」は家族の問題などへのリアルさを伴い、「温かみ」も家族といった身近なテーマを扱う。しかし、ハーレム状態、幽霊、主人公の強さなどは、かなりフィクション世界への欲望を刺激するものだ。このバランス感覚こそが、アニオタして「クラナドは人生」と言わせしめたのではないかと考える。


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テーマ:アニメ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/10/30(金) 02:08:30|
  2. 伝えようとするアニメ
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『君に届け』:アニメ表現の陳腐化を乗り越える試みか?

『夏のあらし! 春夏冬中』、『君に届け』(ともに第2話まで)

■今季アニメは、予想通りか二つの大きな要因から、アニメ作品の陳腐化が深刻化した。アニメーション自体が、「模倣」によってドラマを再生産する様式をもっている。その際に、欲望を刺激する表現の再生産がもっとも楽な再生産形態である。表現の陳腐化(過剰な萌えキャラの氾濫や謎の性描写)は、まずこのことを原因としている。

■次に、アニメ作品は構造的に製作費とは無関係に語ることができず、おりからの不況などに起因して、作品の絵自体が低下し、またストーリーの質自体も低下しているのだ。

■そんな中で、『夏のあらし!』は前作に引き続き、表現の限界を目指しつつ、「あきさせない」作りを追及している。これについては、後日、記したい。今回注目したいのは、『君に届け』である。

■主人公の極端なズレは聖女的であり、「独りマリみて」ともいえる魅力を持っている。このズレが本作では重要であり、これによって視聴者は自分自身も「さわこ」を通じて、カタルシスを感じるのである。また、「主人公たち」も、さわこと同様の聖なるベクトルに向いているキャラでもある。

■性ではなく、聖を用いたことで、本作は今季アニメの中でも際立った存在感を見せている。



  1. 2009/10/14(水) 02:05:16|
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『夏のあらし!』第11話:大本営発表についての注記

『夏のあらし!』(新房昭之監督、2009.4-、テレビ東京系)

■第11話の『夏のあらし!』では、最初の昭和20年3月10日のシーンで「大本営発表」がラジオ放送された。それについてのメモを記しておきたい。

■あの大本営発表は、
以下、http://www10.ocn.ne.jp/~kuushuu/d200310.htmlより引用


大本營發表(昭和二十年三月十日十二時)

本三月十日零時過より二時四十分の間B29約百三十機主力を以て帝都に來襲市街地を盲爆せり
右盲爆により都内各所に火災を生じたるも宮内省主馬寮は二時三十五分其の他は八時頃迄に鎭火せり現在迄に判明せる戰果次の如し

 撃墜十五機
 損害を與へたるもの約五十機

(引用終わり)
というものであった。

■本アニメでは、最初の「…盲爆せり」までが流され、その後は主人公たちの会話によって部分的にしか聞くことはできない。しかし、その「部分的」というのがアニメの発するメッセージの限界点でもあり、また、別の意味で印象付ける効果を生んでいたともいえる。
もちろん、ポイントは「盲爆された・・・『宮内省の一部』は燃えたが鎮火した」というあまりのもあり得ない発表だ。実際には片や、確実に何万人の人々焼け死んでいることはこの時点でわかっているわけだが、それは報道されない。この権力のおぞましさの本領そして戦時下体制の醜悪さが凝縮されている文言は、ほとんどセリフでかき消されている。

■私は、その部分を「はっきりアニメでも流すべき」という意見ではない。むしろ、セリフによってかき消された方が効果的だったと考える。

■前にも書いたが、『夏のあらし!』は原作を超え、そのアニメ版はさらに「限界」を目指している。


関連記事:『夏のあらし!』第6話まで:表現の不可能に迫る

テーマ:夏のあらし! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/06/16(火) 16:20:27|
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『クロスゲーム』:ジェンダーの接戦

『クロスゲーム』(関田修監督、テレビ東京系列ほか、2009.4-)

★『クロスゲーム』はあだち作品の中で、まさにクロスゲーム、「接戦」的作品である。
★なぜ、ヒロインの青葉はツンツンしているのか?

■『クロスゲーム』は、あだち充原作の漫画のアニメ化である。あだち作品では、汗臭さのない作品が多くリアルにかけていると私は考えていたが、その美しい背景描写などは評価する声が多い。ちなみに誤解のないように記しておくが、マンガ・アニメにおいてリアルに欠けているということは作品全体の良し悪しとは直接関係なく。そのリアル感が作品のテーマと接合されていれば「良い作品」で、逆に非リアル感がうまくテーマやストーリーと合致していれば、それも「良い作品」なのだ。

■『クロスゲーム』はあだち作品の中で、まさにクロスゲーム、「接戦」的作品である。つまり、従来の男性主人公=スポーツ、特にピッチャーという枠組みは保持しながらも、女性(ヒロイン)も野球をするという設定が新しい。

■これはある意味で、社会的なメッセージを自動的に帯びてくる。つまり、女性は「甲子園のマウンドに上がれない」という「不思議な」ルールを暗に批判していることになるのだ。しかし、あだち作品の脱色性、脱臭性からいってあまりにも主人公が悲劇的かつ感情的で、高野連批判的な色合い出すのは避けられている。よって、ヒロイン青葉は、傍から見れば強そうなキャラとして、つまりツン(デレ?)キャラとして表現されているのである。

■こういう意味で、本作はクロスゲーム、つまりあだち作品における「接戦」、ギリギリの戦いである。しかし、作品欲の激しい私は次回作で女性主人公が野球選手で、男性主人公がそれを見守る的な作品を期待してしまっているのだ。


テーマ:クロスゲーム - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/06/15(月) 09:45:02|
  2. 伝えようとするアニメ
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『けいおん!』 第六話まで:温かいコミュニティを歌う

『けいおん!』(山田尚子、TBS系、2009.4-)

■いわゆる「まったり、ゆるゆる系」の学園ものに分類されるであろう本作だが、軽音部でのバンド・歌という共同(シンクロ)活動を通じて「温かいコミュニティ」の意味がさらに強まっている。構成上も緩急がはっきりしていて「ゆるゆる」だけではない部分がバンド(一緒に演奏)という部分で補完されていて、観る者をあきさせない作りも秀逸だ。

■ちなみに、「まったり、ゆるゆる系」といえば、たとえば『らき☆すた』などがあるが、このTVアニメ作品との共通性にも注目したい。

■まずは、「女子高生キャラ」に主な登場人物の位置を与え、男性は詳細には全く描かれていない。ここで恋愛という、ゆるゆるをぶち壊してしまう(そう視聴者が感じるかもしれない)やっかいなテーマを排除している。

■次に『らき☆すた』最終話でもあった学園祭で「一緒に踊る」という行為と「一緒に演奏する」という行為の共通性である。ただし、『らき☆すた』がダンス本番前で終了したのに対し、『けいおん!』は今回の第五話で最後まで歌い切っている。

■その『けいおん!』での学園祭の演奏シーンだが、プロモーションビデオ風のアレンジメントにするとは、予想外で虚を衝かれたが観る者をあきさせず、また、演奏シーンというアニメにとっては単調化の危険性のあるシーンであっただけによかったと思う。(※OPとEDともにプロモ風なのでその前提のようなものはすでに用意されていたのだが)

■そこでそのプロモーションビデオ風のシーンでは、アメリカに演奏旅行?にいく4人が、暴力(銃とガスマスクが象徴的だ)によって演奏中止を迫られるが、「Love and Peace」という札を出してトンズラするという演出であった。これも今まで書いてきた「温かいコミュニティ」を、自身の趣味やオタクワールドに埋没するのではなく、自分たちの世界を大切にするという評価を与えられている部分と関連している、、、と書けば飛躍だろうか。

■ちなみにEdテーマの歌詞で、
「大事なのは自分 かわいがること自分を愛さなきゃ 他人(ひと)も愛せない」
というメッセージとも「温かいコミュニティ」は関連していると思われる。


テーマ:けいおん! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/05/08(金) 11:07:32|
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批評によって「アニメをより面白く」がモットーです。
色んな角度からアニメを観る試みをしたいと思っています。

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