現代アニメ批評-アニメをさらにおもしろく-

現代アニメのストーリー面を主に批評していくブログです。自分の着想や視角をアニメーションをよりおもしろく観る「補助線」として書き綴っていきます。

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「たら」「れば」という妄想を打ち砕く:『天元突破グレンラガン』(6)第26話

『天元突破グレンラガン』(今石洋之監督、2007年9月現在放送中)、公式HP
■ヒトの形を成しヒトであるがゆえに、可能性を妄想し、その中で苦しみのない世界で生きてゆきたいと願う。『グレンラガン』は既に超銀河レベルにまで達した世界観によって、次元や時空を相手に戦うという事態になっている。その中で「違う世界」に囚われてしまうシモンとその仲間たち。しかし、そこが心の中であるがゆえに、アニキは息を吹き返す。

■そして彼は問う。「どちらのアニキかを選べ」と、そして「たら」「れば」ではなく、今ある自分を感じ、知ることの大切さをシモンの心(妄想宇宙)の中で伝える役目を果たす。

■この中では、いわばアニメという「虚妄」に取り込まれそうになり、「生きる痛み」の逃げ口を求める視聴者に対しての痛烈な攻撃を与えている。もちろん、これは朝8時代からアニメを早起きして観ている健全な少年・少女たちにとっては痛烈でもなんでもなく、「今を生きる大切さ」程度のメッセージであるが、アニメ中毒、現実逃避、引きこもり、ダメオタ、などなどなんでもよいが、その手の「いいオトナ」には痛烈だ。同社ガイナックスのエヴァンゲリオンでなされたアニメ側からの批判が、またここでもなされている。

■前回の
『グレンラガン』(5)の記事で、私は、少年の欲望を満たすアニメと評したが、これは撤回しなければならない。

■少年の欲望は、青年期を迎え頓挫し、痛みを伴いながら「社会化」されていく。しかし、少年の欲望、換言すると生活内のささやかな希望と夢は、何歳になっても重要な生の要素である。「たら」「れば」に逃げやすい私(あなたも?)だからこそ、『グレンラガン』の放つメッセージは重く響く。

・ブログ内関連記事
『天元突破グレンラガン』(1)~(5)

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テーマ:天元突破グレンラガン - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2007/09/23(日) 22:07:05|
  2. 天元突破グレンラガン
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少年の欲望を満たすアニメ?:『天元突破グレンラガン』第23話まで

『天元突破グレンラガン』(今石洋之監督、2007年9月現在放送中)、公式HP
■最終話にむけて勢いづいてきた本作品。十分に面白い作品だ。しかし、結末に向かっての深みが感じられない。今までの記事で触れたように、4部構成による時間的な成長過程などは非常にうまく描かれている。しかし、どんどん大きくなる障害をハートと気合で「突き抜けていく」という展開は、本作品がテーマとしている「螺旋パワー」の業(成長し続け、破壊し続ける等)そのものではないのか?この矛盾や問題性に対しての回答が得られない限り、本作は現代アニメとして成功しているとはいえないだろう。

■これには朝8時代からのアニメとして、視聴対象への配慮は重要だ。もともと製作側が「いい年した輩が朝からアニメを見るな」という態度であるならば、何も言うことはないだろう。この態度には一理あるからだ。むしろ、これはオトナの幼稚化への一撃でもある。また穿った見方をすれば、社長辞任を含めて問題を引き起こしている本作であるからこそ、アニメを純粋に「子供のもの」に引き戻したいという気持ちが現れているのかもしれない。

■ただし今や、宮崎アニメを代表としてアニメ・漫画が「いい年した輩」が観ることは日本では常態化し、日本アカデミー賞にアニメ部門が設立されることになった。このことの影響も含め、メディア産業の構造も根本的に変化している。その中で多くのアニメファンを捉えた『天元突破グレンラガン』がどのように位置づけられるのだろうか。フィナーレを注視したい。

テーマ:天元突破グレンラガン - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2007/09/08(土) 08:54:16|
  2. 天元突破グレンラガン
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「ちょっと見ない間につまんない女になったわね」:天元突破グレンラガン(4)第21話より

『天元突破グレンラガン』(今石洋之監督、2007年8月現在放送中)、公式HP
※現在21話まで視聴
■第21話は、初期からの登場人物で大きな役割を演じているヨーコに久々に焦点が当てられた話。

■彼女は、主要メンバー(グレン団)の多くが政府の要人になる中で首都を飛び出した人間の一人だ。その後、小島の学校の先生になっていたという設定がすばらしい。これによって彼女はまた成長した。

■「政府」の要人などになると、守るべきものが大きすぎて、逆に何も守れないという結果を導く場合がある。今回の話では、ヨーコとマシュウの対比にそれがよく現れている。

■そして、人間として一段階成長したヨーコは、ニアに向かって「つまらない女」になったと吐くのだが、これはまさにヨーコ自身が成長した自信の表れだ。

シモン以外の成長譚がここで語られ、物語はさらに充実した形で最終章にむかっていく。

・ブログ内関連記事
『天元突破グレンラガン』(1)~(3)

テーマ:天元突破グレンラガン - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2007/08/22(水) 05:49:24|
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「アニキ」ならどうする?:『天元突破グレンラガン』(3)

『天元突破グレンラガン』(今石洋之監督、2007年7月現在放送中)、公式HP

※現在、第19話まで視聴
■ストーリーが第3部、7年後の世界に入っても「アニキ」の存在感は十分に活かされている。つまり、第二部で「アニキの死」を受け入れ、自己の糧としたシモンだったが、第三部でもことある困難な場合には「アニキならどうする?」と問い続ける。

■ここでは、決して後ろ向きな問いとして表現されていない。シモンは自分で答えを出すしかないことを既に自覚している。しかし、第19話においても彼はこう問う、「アニキならどうする?」と。

■だが、シモンはアニキをもはや模範例(模倣例)とはしていない。ここではいわば参照項にしかすぎないのだ。例えば、「ニアはもう昔のニアではない」との確信とそこからの決意などがシモンには備わっている。

■これからも「アニキ」は参照項として幾度も登場するだろう。その際の「アニキ」とシモンのズレに注目したい。

テーマ:天元突破グレンラガン - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2007/08/05(日) 23:38:37|
  2. 天元突破グレンラガン
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問いは立てられた:天元突破グレンラガン(2)

※現在、第18話まで視聴

■4月期からの2クールアニメが続々と結末へと流れ込んでいる中で、注目したいのが『天元突破グレンラガン』だ。現在、結末へと向かうにあたり、最後に答えられるべき「問い」が提示された。

■それが「トップ」へと向かう意志(本能)と、世界(もしくはセカイ)の存在との非整合性だ。これはいうなれば現代的な「環境問題」に通じるものであるが、本作品の場合、アニメの特性を活かした象徴的なメッセージに留まっている。ここで観賞の上で比較したいのが『トップをねらえ!』シリーズと『エウレカセブン』だ。

■『グレンラガン』が、同社製作のOVAアニメ『トップをねらえ!』的な悲しくも爽快な結末を用意するのか、それともこの「問い」に真っ向から挑み『エウレカセブン』的な主人公自身の答えを提示する方向を強調していくのか、そこに注目したい。それは特にシモンとニアの関係をどう結末付けるかということである。

◆ブログ内関連記事:
・『エウレカセブン』:空と大地の和解
セカイ系を考えるとき(1)

テーマ:天元突破グレンラガン - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2007/07/29(日) 09:37:56|
  2. 天元突破グレンラガン
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批評によって「アニメをより面白く」がモットーです。
色んな角度からアニメを観る試みをしたいと思っています。

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