現代アニメ批評-アニメをさらにおもしろく-

現代アニメのストーリー面を主に批評していくブログです。自分の着想や視角をアニメーションをよりおもしろく観る「補助線」として書き綴っていきます。

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Frontierとはいったい何か?:『マクロスF(3)』:第15話

『マクロス フロンティア』(河森正治総監督、菊地康仁監督、2008年7月現在放送中)

★視点・補助線
Frontierとは何か?
・キーワード:「未知」「挑戦」「故郷」「アイデンティティ」


■第15話で折り返しを迎えた『マクロス フロンティア』だが、Frontierという語が本作で果たしている役割について書いておきたい。単純に開拓船団なのでFrontierだということもあるだろうが、ここでは15話の転換点において、これから「フロンティア」が重要になってくる予感がしたので記しておく。

Frontierのキーワードはまず、「未知」への「挑戦」となるだろう。これは「未知」の生命体バジュラと出会うことからストーリーが始まっている点でわかりやすい。そして、「挑戦」に関しては、本作がマクロスシリーズを踏襲した作品であるにもかかわらず、様々な面での「挑戦」を意図していることに現わされているといえるかもしれない。これは作品内というよりは作品をめぐる意味になってしまうが。

■また、Frontierにとって重要な要素としては、「アイデンティティ」や「故郷」という問題も指摘できると思う。これはバジュラにとっての「故郷」は何か?マザー・クイーンなどの母体の存在が出始めただけにここにも関連付けられている。さて、「アイデンティティ」だが未だにここには踏み込まれていないので、この点にも注目してこれからを観てみたい。

■宇宙とは、生命とは何かという話などへと展開されるのであれば、まさにそこではアイデンティティが問われてくるだろう。「恋」とフロンティアという結びつきも意外性があるので、それにも期待したいが。


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テーマ:マクロスF(フロンティア) - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/18(金) 23:24:55|
  2. マクロスF
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なぜマクロスFは「面白くない」のか?:『マクロス フロンティア』(2)

『マクロス フロンティア』(河森正治総監督、菊地康仁監督、2008年7月現在放送中)

■ネットを徘徊していると、『マクロスF』への絶賛が多くみられるが、しばしば批判・非難も散見される。その中で、理由不明記「面白くない」という記事も発見できた。そこで、なぜ『マクロスF』は面白くないのか?を考えてみることにした。まず、断わっておきたいのは前に書いたように私自身の立場は『マクロスF』擁護派、ややもすれば賛美派に属しているということ。そして、彼らの本作を「面白くない」とする理由が不明記であるゆえに、彼ら自身の面白くない理由を解明することは不可能であるということ。ゆえに、『マクロスF』が現代アニメにとっての要点をどこで押さえていて、どこで押さえていないのかという点を考えることにこのブログ記事の目的はある。また、自分自身の賛美心を押さえて冷静に書いているつもりだが、どこから滲み出るものがあるとすれば仕方のないことである。

■まず第一に、おそらくこの考察のポイントは、『マクロスF』は連綿と続く、マクロスシリーズであるということ、また、過去に用いられた文法を多用していることと関連していることにあると思われる。つまり、25年前から用いてきた文法を繰り返すことで、長年のファンの心をつかむという手法を用いている。たとえば、ヒロインのあり方である。二人のヒロイン、シェリルにせよランカにせよ、その性格付けはあまりにもわかりやすく、むしろマクロス第一作目よりも簡潔にしているかのような設定だ。これはもしかすると、ツンデレ要素、恋愛に一図、萌えなどを性格にないまぜに足してしまったことによる弊害かもしれない。

■次に、学園ものであるという要素だ。これは前にも指摘したが、恋愛の「現場」である学園とドッグファイトの繰り広げられる戦場は、『マクロスF』では「文化・歌」によって結びつけられている。しかし、この「歌」の利用という手法すらもマクロスシリーズの前提であり、いきなり本作から観始めた場合、奇異な感じに映るのかもしれない。むしろ、今までに本シリーズが確認してきた「歌」の意味や重要性を、本作でも確認すべきであったのかもしれない。それを前作OVA『マクロス ゼロ』を用いてやろうとしたことは失敗だった。

■さらに、現代アニメの重要な場としての「学校」は、恋愛祭り、同窓会的なつながり、懐かしい共同の場としての妄想の吹き荒れる場所なのである。また最近では、「ゆるーい」場としての表現も目立ってきた。そこで、『マクロスF』においても学校の緩さ、また学校ではないが第14話で見られた戦艦内(仕事場)での日常的な会話などで、「日常」を取り入れようと試みているが、あまり成功しているとはいえない。

■つまり、『マクロスF』の「失敗」とは20年前や前作まで手法と現代アニメの潮流を混ぜてしまったことにあるのではないか。それが中途半端でシマりのない印象を、現代アニメどっぷりのアニメファンには与えていて、「刺激のない」アニメとして、しばしば評価されているように思われる。

★視点・補助線
・『マクロスF』は失敗だと言われる原因は?
・25年も続く、シリーズものを旧来のファン、新ファン層を取り込む工夫はどこにあるのか?
・アニメにおける「学校」の意味。


テーマ:マクロスF(フロンティア) - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/12(土) 09:51:14|
  2. マクロスF
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単純なドラマを濃密に歌い上げるということ:『マクロス フロンティア』

『マクロス フロンティア』(河森正治監督、2008年7月現在放送中)

■『マクロスF』は多くの旧来のファンに向けられただけではなく、新たなファン層も獲得しているようだ。『マクロス』シリーズを貫く、「恋愛」「歌」「空(宇宙)」「メカ」という柱を上手くミックスさせることで視聴者の関心をひいている。ここに、多くのアニメ・ドラマに見られるように「恋愛」や「メカ」が分断されているような失敗はない。ここで効いているのが「歌」の威力だ。

■「歌」は「カルチャー・文化」として、河森監督が本作品で最重要とするほどに大きな役割を担わせている。アニメーションが、歌を通じてアニメ本来の要素の一つである「文化性」が引き出されている点が素晴らしい。また、戦争を歌で覆い尽くし凌駕するというお決まりのシーンもやはり圧巻だ。

■この作品も、実際はかなりベタベタなストーリーなのだが、観る者を惹きつけるためのこのような工夫が各所に見られる。同じTBS系の『コードギアス R2』の「恋愛」と「戦争」のコントラスト・分断と比較してみると面白いかもしれない。しかし、こちらはこちらで主人公ルルーシュの「智謀」によって結びつけられているとも解釈できるが。


テーマ:マクロスF(フロンティア) - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/04(金) 12:52:40|
  2. マクロスF
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批評によって「アニメをより面白く」がモットーです。
色んな角度からアニメを観る試みをしたいと思っています。

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