現代アニメ批評-アニメをさらにおもしろく-

現代アニメのストーリー面を主に批評していくブログです。自分の着想や視角をアニメーションをよりおもしろく観る「補助線」として書き綴っていきます。

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東京という「異空間」と「夢」の現実化:『ラーゼフォン』(1)

『Rahxephon』(出渕裕、2001)
ストーリー概説:公式HP

■ストーリー第一話は「東京」以外消滅した世界の「東京」が突如襲撃されるというところから始まり、その後、「東京」の外の世界が存在していること、そして、外の世界からすれば「東京」が特殊であることが判明していく。

■東京は現代世界においても「特殊」な空間である。過密都市・過剰人口都市といわれるが、それでも東京住民は自分達の時間を生き続ける。そして、東京の人の多さに呆れ返り、人の多さにイラついたりするのだ。自分もその人の多さに寄与していることも忘れて。

■『ラーゼフォン』では東京は大きな「卵」に包まれていて、その中では時間の流れは異なるという設定だ。この設定の象徴するところも面白い。それは主人公、綾人が「セカイ」の決定者であり、最後に彼自身が卵(繭とでもいえる)から孵化することが世界を決定付けるとされている。

■卵の中は、思春期の青年の象徴だ。思春期を経て、人はいろんな決定にぶつかり、自分の卵(繭)を少しずつ破っていく。もしくはそれが破られていく。人間は、主観によってしか「セカイ」を認識できない生き物であるとするならば、思春期を経ることはセカイを決定することに等しいのかもしれない。

■綾人は自分が人でなくなること(もともと違うので人でないことを受け入れることの方が正しいかもしれない)でセカイを創出するが、そこで対峙する問題が、セカイ系のテーマである私的問題(恋人、美嶋遥)だ。

■しかし、本作品は『エヴァンゲリオン』と異なる解答を用意している。それは、自分が変わろうとも「思い出」が存続し、それがその人にとってかけがえのないものであることこそが「現実」であるという。空想肯定的な結論を提示したのだ。

■「夢」の肯定化は、深読みすれば、思春期の青年に対するメッセージでもあり、東京に対するメッセージでもある。なぜなら、「時間」は自分だけのものであるのだから、時間を忘れて働いたり、生きていくことにどれだけ意味があるのだろうか?時間を豊穣に生きること。その問いかけがこの作品によってなされているのではないだろうか。
他に参照:「現代アニメの出発点としてのエヴァ考」
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テーマ:映像・アニメーション - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2007/06/25(月) 06:33:03|
  2. ラーゼフォン
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