現代アニメ批評-アニメをさらにおもしろく-

現代アニメのストーリー面を主に批評していくブログです。自分の着想や視角をアニメーションをよりおもしろく観る「補助線」として書き綴っていきます。

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なぜ、「ガンダム世代」は新ガンダムを忌み嫌うのか?

『機動戦士ガンダム00』(水島精二監督、2007~2008年、現在放送中)
公式HP

■ガンダム00は、前にも書いたとおりに久方ぶりに鑑賞しているガンダムシリーズだ。そこで、ネットのレヴューなどを参照していると、様々な否定的な意見が飛び交っていることに気づかされる。それは、「『ガンダム』を政治プロパガンダに利用するな」、「これは『ガンダム』ではない、『ガンダム』の名前を勝手に使うな」などの意見や、いわばキャラクターへの愛着を明らかに示した感想などだ。

■「『ガンダム』を利用した政治プロパガンダ」という意見は、本作が戦争をテーマにし、その中でテロや武器産業などの現代社会が直面している問題点をつこうとしているからである。彼等は『ガンダム』という記号に何を見ているのだろうか?ビーム兵器やかっこいいモビルスーツの戦いであろうか?しかし、それはすでに第一作のガンダムから独裁的ジオンと、共和的な連邦共和国という対立図式などを用いていた点からも当初から十分に『ガンダム』は政治的であったといえる。

■しかし、彼らをして「政治的プロパガンダへの利用」と見させている側面がもう一つあるのではないかと思う。それはキャラクターの変質である。現代アニメはタイアップなどのキャラクター商品、二次創作への「魅力」を含めて制作されることが多く、本作もその流れに掉さしていることがあげられるだろう。かっこいい(というよりもむしろ美しい)キャラクターを登場させ、彼等は苦悩もありながらも、絶対的な魅力と力を有している。

■ファースト・ガンダムの主人公アムロ・レイと比べてみてもその差は歴然としている。彼は才能には恵まれたが、基本的には苦悩の比重が高く、美しく戦いもしていない。こういった意味似で、いわば30代やその後に続いた20代の「ガンダム世代(Z.ZZ含めて)」もこの主人公のキャラクター消費的な側面と昔の政治的モチーフとのギャップに違和感を感じてしまっているのではないだろうか。もっと具体的に言うならば、プロデューサーが「政治的」な話題を扱おうとしていることだけではなく、それに加えて消費者受けするようにキャラの性質も変容させてしまったことが「いやらしく」映ってしまっているように思える。

■「時代は変わった」といわれればそれまでだが、安易な現代的なキャラ重視はストーリーそのものの陳腐化を引き起こしかねないので、この点において制作者サイドの工夫をみてみたいと思うのは私だけだろうか。


・参考:ブログ内記事:機動戦士ガンダム00(1)
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テーマ:機動戦士ガンダムOO - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/01/21(月) 23:59:44|
  2. 機動戦士ガンダム00
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自身で掴み取るということ。:『電脳コイル』(2)

『電脳コイル』(磯光雄、2007年)
(ネタバレあり。)

■『電脳コイル』は、「子供の世界」を大切にした良作であった。NHK教育で放送されていた点も重要だが、決して子供をバカにしたような作りではなく、子供の視線を大切にストーリー化できたことが素晴らしい。

■「子供の世界」とはつまり、主人公ヤサコが幾人(匹)かに助けられながらも最後に自分自身で見出した「大切なもの」だ。「子供の世界」と書くと幼稚な類のものと誤解されやすいが、自分自身の大切なものや気持を発見するという年齢に関係ない行為を意味したい。

■第24話「メガネを捨てる子供たち」以降のヤサコの悩みによってクライマックスに向けて、このことが明確化されてくる。そのなかで、印象的なシーンのうちのひとつが、お母さんの言葉「見えないものではなく、手で触れるものをを信じなさい」というもっともな「お説教」に対して、ヤサコは違和感を覚えていく過程だ。

■このように「親の言葉=正しく人を導く言葉」としてよく描かれるが、主人公たちにとってはそれを疑問視し、自分にとっての「正しさ」を自身で、しかも他者との関わりの中で見つけ出した過程を描いたことは何よりも評価されるべきであろう。

■仮想世界であってもそれがその人の心の中で重要な位置をしめているならば、「真」であるというメッセージは、磯監督が色々と関わった『ラーゼフォン』においてもすでに示されていた。しかし、本作品ではもっと強烈なメッセージとして一少女が自分の生きる指針を痛みを伴いつつ手に入れる過程をうまく描いているのではないだろうか。

■自分自身で大切なものを苦しみながらも発見し、自身の身として成長するという行為は、当然ながら大人になってからでも必要な生活のプロセス(もしくは糧)である。

テーマ:映像・アニメーション - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2008/01/08(火) 02:07:37|
  2. 電脳コイル
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すべてを「美しく」描いたが・・・

秒速5センチメートル』(新海誠、2007年)

■アマゾンなどの評価を見る限り、この映画は二つの側面から考えなければならないと思う。それは映像や描写とストーリー面である。

■映像面では、まさにCGによる美を極めようとした作品だ。都会、山、雪、海、空、宙などなどアニメ描写の「美しさ」に多岐にわたり執念でこだわっている。この点は高く評価されるべきだし、むしろこのような芸術作品が商業ベースに流通できる状況もアニメーション文化の多様化を示しているといえる。

■しかし、ストーリー面を考慮すると、この「美しさ」を極めることとストーリーがうまくかみ合ってこない。確かに、彼らの恋愛自体も「美しい」ものであることは映像美により効果的に強調されているが、あまりにも主人公の貴樹の訴えかけてくるものがない。キャラとして「弱すぎる」というべきか。

■このように二面性を持つがゆえに大きく意見も異なる映画だが、私としては、山崎まさよしの曲を使ったことに問題性を見出したい。なぜ、90年代後半に流行った(私もよく聞いた)曲を用いたのか?すでに多くの人にとって聞きなれて、各自の思い出のしみ込んだ曲を用いることは、この映画のストーリー面の弱さをもろに示しているといえる。いわば自信のなさがうかがえるといえよう。はっきり言ってしまえば、山崎まさよしの曲の方が良く出来過ぎていて、なんだか曲のプロモビデオを観ている感覚に襲われたのは私だけだろうか。

テーマ:アニメ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/01/04(金) 14:50:54|
  2. 映画
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批評によって「アニメをより面白く」がモットーです。
色んな角度からアニメを観る試みをしたいと思っています。

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