現代アニメ批評-アニメをさらにおもしろく-

現代アニメのストーリー面を主に批評していくブログです。自分の着想や視角をアニメーションをよりおもしろく観る「補助線」として書き綴っていきます。

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欲望、ザッピングの詩学、そしてスザクはなぜ「ウザク」か?:『コードギアス R2』

コードギアス 反逆のルルーシュR2』(谷口悟朗監督、2008年7月現在放送中)

★視点・補助線
・スザクが「ウザクとなる」理由。
・『コードギアス』のテーマは一体何であったのか?


(一部ネタばれあり)
■物語も後半に入り、キャラクター数もすでに多く、さらにその数を増す『コードギアス R2』。そこではキャラ描写も短時間の連続というスタイルになってきた。すでにこの時点で、われわれは『コードギアス R2』という「思い出共同体」の中で心地よい時間を過ごす「欲望する機械」と化しているといえるのかもしれない。「思い出共同体」に関しては、また別の記事内で書きたいと考えるが、ストーリーにせよ、キャラにせよ、短いコマの刺激の連続であり、いわばアメリカのニュース番組が数十年前に導入した手法、「ザッピング」を意識した短いニュースをテンポよく連続させるというものに同等する。

■今回は、キャラの中でダントツに人気がなく、第16話では「ひどくなじられた」スザクに注目したい。アニメ中でもこのキャラを「ウザい」と突き放したことには面白さがあるが、視聴者の反応の中でもスザクはウザく感じる人が多い。

■しかし、この欲望を満足させるためにどんどんと突き進む落ち着かない展開から一歩身を引いて考えてみた場合、スザクは最も有りうる精神構造を有しており、その中での葛藤しながらの矛盾した考えや行動は、むしろ「共感」を得てもよかったとも考えられる。しかし、そういった「リアル」は、刺激を重視して視聴者を飽きさせない本作の中では、スザクのことを「落ち着いて」考えるなんて不可能に近くなっているのだ。これは本作が、(穿ってみた場合に)客を釣るためだったとしても「戦争」をテーマとしている点もスザクと同じ立場に置かれている。「戦争」は第16話で「単純」になった点からもわかる。
そして、「シャーリーの死」の意味もかなり希薄化している。



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テーマ:コードギアス 反逆のルルーシュ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/29(火) 01:23:33|
  2. コードギアス
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たまに観るならこんなアニメ:第一回『創聖のアクエリオン』

『創聖のアクエリオン』(河森正治監督、2005年)

□ジャンル:SFロボットアニメ
□ストーリー概要(Wikipedia:2008年7月20日現在より):12000年前の大戦の末に封印された人類の天敵「堕天翅(だてんし)」が、気候の大異変によって復活し、人類はこれと再び戦うために、「創聖の書」に記された伝説の機械天使「アクエリオン」を発掘する。これを運用する地球再生機構「ディーバ」は、12000年前に堕天翅でありながらアクエリオンを操り人類に味方した伝説の戦士「太陽の翼」再臨の予言を受け、北の街で野生児のような少年・アポロに出会った。アポロは本当に太陽の翼なのか?太陽の翼を巡る12000年前の因縁とは?そして次に滅びるのは堕天翅か、人類か……。

■「たまに観るならこんなアニメ」第一弾として紹介したい作品は『創聖のアクエリオン』。SFロボットアニメというジャンルながら、単なるロボットを前面に押し出したアニメにとどまらず、独特の神話的世界観を有しています。また、オープニング曲のインパクトは凄まじく、某ランキングではアニソンランク第一位にまで上げられた、菅野よう子作曲の『創聖のアクエリオン』でした。オープニング曲の題と作品名が同一だという点も好印象です。

■さて、本作品を観る視点として一つ紹介したいのは、「三人がひとつになって戦う」という設定に大きな意味を持たせ、そこにコミュニケーションの観点を取り入れていることです。『エヴァンゲリオン』以降、アニメにおいてコミュニケーションというテーマは様々な形で扱われてきましたが、『アクエリオン』はそれに対して、主人公一人の観点から世界を見るのではなく、三者の物語として描き出した点がユニークでした。また、その三者は、およそ8名からなるメインキャラクターの組み合わせで選ばれるので、多くの場合、三者の結びつきの視点が、回によっての強弱はあれども導入されています。

■ここでは、「わたし(一人称)」から「わたしときみ(二人称)」という対話を超え、『アクエリオン』では三人称的セカイが描き出されている点に注目してみると面白いのではないでしょうか。「自己」と「ある他者(あなた)」との関係を時に繋いでくれ、そして承認してくれる存在は「別の他者(彼・彼女)」なのですから。

★視点・補助線
・三者間のコミュニケートを描き、それが「セカイ」に通じる


参考:ブログ内記事「アクエリオン」



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テーマ:見たアニメの感想 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/21(月) 00:09:55|
  2. たまに観るならこんなアニメ
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『らき☆すた』における家族像

らき☆すた』(山本寛、武本康弘監督 2007年)

★視点・補助線
・『らき☆すた』の中の家族像とは?


■『らき☆すた』について前の「学校の役割」では触れられなかった点について。本作にはメインキャラクターの多くの「家庭」が描かれているという特徴がある。学校の役割についてと同様に、そこにはファンタジーが渦巻いている。ここで表現されている家族像は、「そうありたい」と願う、温かい家族像を提供しているといえる。

■ここには、『らき☆すた』が表現したかったもの、もしくは『らき☆すた』を見る側が欲したものがあらわされている。学校・家庭という「気持ちのいい」空間だ。そこでは摩擦すらも心地よく、「みんながわかりあっている」という前提が存在する、濃密(ハイ・コンテクスト)な空間を描いている。

■人は常に何かに帰属し、どこかに「帰る場」を欲するのが常だが、『らき☆すた』では学校の描写と同様に家族・家庭の描写が多く、そこに視聴者はそこにも「ユートピアとしての故郷」を見ているのかもしれない。

■通常は、オタクの濃密さと家族の結びつきは相容れないことが多く、つまり、親の趣味と子供の趣味がアニメ・マンガ・ゲームで重なることは現10代ならありえるが、20代以上ではほとんどないだろう。『らき☆すた』がそのネタ的に、10代も範囲内としてもやはり20代以上の支持を大きくえていると考えれば、『らき☆すた』の家族像は、まさにその世代間の矛盾点を克服した像を「こなたの家族」で提示しながら「かがみの家族」ではサザエさん的な理想図が提供されているといえる。



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テーマ:らき☆すた - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/20(日) 15:13:18|
  2. 観察される「オタク」
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Frontierとはいったい何か?:『マクロスF(3)』:第15話

『マクロス フロンティア』(河森正治総監督、菊地康仁監督、2008年7月現在放送中)

★視点・補助線
Frontierとは何か?
・キーワード:「未知」「挑戦」「故郷」「アイデンティティ」


■第15話で折り返しを迎えた『マクロス フロンティア』だが、Frontierという語が本作で果たしている役割について書いておきたい。単純に開拓船団なのでFrontierだということもあるだろうが、ここでは15話の転換点において、これから「フロンティア」が重要になってくる予感がしたので記しておく。

Frontierのキーワードはまず、「未知」への「挑戦」となるだろう。これは「未知」の生命体バジュラと出会うことからストーリーが始まっている点でわかりやすい。そして、「挑戦」に関しては、本作がマクロスシリーズを踏襲した作品であるにもかかわらず、様々な面での「挑戦」を意図していることに現わされているといえるかもしれない。これは作品内というよりは作品をめぐる意味になってしまうが。

■また、Frontierにとって重要な要素としては、「アイデンティティ」や「故郷」という問題も指摘できると思う。これはバジュラにとっての「故郷」は何か?マザー・クイーンなどの母体の存在が出始めただけにここにも関連付けられている。さて、「アイデンティティ」だが未だにここには踏み込まれていないので、この点にも注目してこれからを観てみたい。

■宇宙とは、生命とは何かという話などへと展開されるのであれば、まさにそこではアイデンティティが問われてくるだろう。「恋」とフロンティアという結びつきも意外性があるので、それにも期待したいが。


テーマ:マクロスF(フロンティア) - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/18(金) 23:24:55|
  2. マクロスF
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さらに濃密な「学校」空間へ:『らき☆すた』

『らき☆すた』(山本寛、武本康弘監督 2007年)

★視点・補助線
・ゆるい学校空間の究極的表現
・同窓会的な居心地の良さとそれがアニメ化される日本の現代アニメ
・『らき☆すた』に出てくるキャラ分類によって、再考を迫られる「萌え」「ツンデレ」「オタク」などの定義


■ここ最近、私が書いたブログ記事でのキーワードが、アニメの「学校空間」なのだが、『らき☆すた』は端的にその特徴を表している作品だ。まず、妄想の渦巻く空間や、「思い出」もしくは「こうありたかった妄想」を投影する空間としての学校が強烈に描かれている。

■メインキャラは女性たちであり、それぞれが「萌え」「ツンデレ」などの要素を象徴する。そして、彼女たちは決して「リアル」な恋をしない。基本的な話題は日常生活で誰もが感じるような疑問だ。この時点でもすでに日本社会限定的知識に閉じているのだが、とくに主人公の「こなた」が印象的だ。

■彼女は、いわゆる「オタク女子(腐女子)」として、オタクの博学さを披露するのだが、その内容は、他のアニメやゲームなどをたしなんでいなければ、理解することはできない。しかし、理解できたときの「同窓会」的の心地よさと知的遊戯の快感がポイントである。

■このアニメは「閉じられている」内容だが、いわゆるオタク人口がここまで増加し、サブカル立国日本と称するまでに至った状況下で、本作はアニメーション化により電波に乗せても多くの支持を得る要素を含んでいた。

■この濃密な知識の世界は、そこの住人には充足感を与えてくれるものであろう。しかし、『げんしけん』によっても表現されていたように、従来は「リアル」な同窓会的なコミュニティにおいて、このような知的欲望は満たされていた。それをアニメが積極的に供給するようになった状況をどう考えるべきだろうか?これについては課題としておきたいが、アニメが『エヴァンゲリオン』などを含め、前のアニメのパロディを繰り返す習性のあるサブカルである以上、『らき☆すた』はこの型を踏襲し、その究極型を突き詰めたものであるといえる。

■また、本作中でも指摘されているが、「ツンデレ」「萌え」などの定義は登場キャラを通じて、その定義の再考が迫られるというメタ・レベルな要請を含んでいる点はおもしろい。そこから生じて、「オタク」とは一体何か、までに考えが及ぶような契機を与えてくれる作品でもある。



テーマ:らき☆すた - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/14(月) 22:02:16|
  2. 観察される「オタク」
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なぜマクロスFは「面白くない」のか?:『マクロス フロンティア』(2)

『マクロス フロンティア』(河森正治総監督、菊地康仁監督、2008年7月現在放送中)

■ネットを徘徊していると、『マクロスF』への絶賛が多くみられるが、しばしば批判・非難も散見される。その中で、理由不明記「面白くない」という記事も発見できた。そこで、なぜ『マクロスF』は面白くないのか?を考えてみることにした。まず、断わっておきたいのは前に書いたように私自身の立場は『マクロスF』擁護派、ややもすれば賛美派に属しているということ。そして、彼らの本作を「面白くない」とする理由が不明記であるゆえに、彼ら自身の面白くない理由を解明することは不可能であるということ。ゆえに、『マクロスF』が現代アニメにとっての要点をどこで押さえていて、どこで押さえていないのかという点を考えることにこのブログ記事の目的はある。また、自分自身の賛美心を押さえて冷静に書いているつもりだが、どこから滲み出るものがあるとすれば仕方のないことである。

■まず第一に、おそらくこの考察のポイントは、『マクロスF』は連綿と続く、マクロスシリーズであるということ、また、過去に用いられた文法を多用していることと関連していることにあると思われる。つまり、25年前から用いてきた文法を繰り返すことで、長年のファンの心をつかむという手法を用いている。たとえば、ヒロインのあり方である。二人のヒロイン、シェリルにせよランカにせよ、その性格付けはあまりにもわかりやすく、むしろマクロス第一作目よりも簡潔にしているかのような設定だ。これはもしかすると、ツンデレ要素、恋愛に一図、萌えなどを性格にないまぜに足してしまったことによる弊害かもしれない。

■次に、学園ものであるという要素だ。これは前にも指摘したが、恋愛の「現場」である学園とドッグファイトの繰り広げられる戦場は、『マクロスF』では「文化・歌」によって結びつけられている。しかし、この「歌」の利用という手法すらもマクロスシリーズの前提であり、いきなり本作から観始めた場合、奇異な感じに映るのかもしれない。むしろ、今までに本シリーズが確認してきた「歌」の意味や重要性を、本作でも確認すべきであったのかもしれない。それを前作OVA『マクロス ゼロ』を用いてやろうとしたことは失敗だった。

■さらに、現代アニメの重要な場としての「学校」は、恋愛祭り、同窓会的なつながり、懐かしい共同の場としての妄想の吹き荒れる場所なのである。また最近では、「ゆるーい」場としての表現も目立ってきた。そこで、『マクロスF』においても学校の緩さ、また学校ではないが第14話で見られた戦艦内(仕事場)での日常的な会話などで、「日常」を取り入れようと試みているが、あまり成功しているとはいえない。

■つまり、『マクロスF』の「失敗」とは20年前や前作まで手法と現代アニメの潮流を混ぜてしまったことにあるのではないか。それが中途半端でシマりのない印象を、現代アニメどっぷりのアニメファンには与えていて、「刺激のない」アニメとして、しばしば評価されているように思われる。

★視点・補助線
・『マクロスF』は失敗だと言われる原因は?
・25年も続く、シリーズものを旧来のファン、新ファン層を取り込む工夫はどこにあるのか?
・アニメにおける「学校」の意味。


テーマ:マクロスF(フロンティア) - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/12(土) 09:51:14|
  2. マクロスF
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「ポスト・エヴァ」の隠れた名作:『ペルソナ トリニティ・ソウル』

『ペルソナ トリニティ・ソウル』(松本淳監督、2008年)

■先月、放送終了した全26話構成の『ペルソナ』だが、ゲーム原作といってもその世界観の一部を継承しているだけで、アニメーションオリジナル要素が強いことから、独立した作品としてみなしてよいと思う。先に感想から書くと、最初から最後まで物語的に練られた作品であった。ついつい(?)見直してしまった。オススメだ。

■「ポスト・エヴァ」的なセカイの解釈にまでいたるストーリーの流れ方はまとまっていて、自己の「ペルソナ」をどう解釈していくか、または意識とセカイのつながりに関しての解釈も興味深い。実は少しネタバレだが、『RD潜脳調査室』を先に視聴した(現在も同作は放送中だが)私には、少し新鮮味には欠けた点はあった。しかし、それに「家族」の要素をうまくかけ合わせてきた点がドラマとしての印象度を増している。端的に、それは最終話最後のエンディングロールが流れるシーンに凝縮しているといえる。

■厳選された限られた主人公側のキャラクターを丁寧に描き出したことにより、素晴らしいドラマを作れたと思う。ただし二点だけ問題がある。まず、敵としての「マレビト」側のキャラ描写が弱いということ。そして、最近の流行りである学園モノとしての安穏とした空間の描写は少なかった。後者の好悪は個人の趣味ということだろうが、個人的にはこのままでよかったと思う。ただし、それでは視聴率が取れないのが現代アニメの問題点であるのだが・・・

★視点・補助線
・「セカイ」と意識の関係性をめぐる解釈。
・最終話エンディングテーマまでの線引きの巧みさ。
・学園モノの「のほほん」感、「同窓会的ヌルさ」の欠如をどう評価するか?


テーマ:ペルソナ~トリニティ・ソウル~ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/09(水) 01:00:46|
  2. 伝えようとするアニメ
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「セカイ」を壊すリスク?

コードギアス 反逆のルルーシュR2』(谷口悟朗監督、2008年7月現在放送中)
ワールド・デストラクション』(御影良衛監督、2008年7月より放送開始)

■『コードギアス』はいわばセカイの改変もしくは破壊を、ゲームのルーラーとなった主人公ルルーシュが知略を以て目指すというストーリーだ。主役がゲームの支配者という設定自体が現代アニメーションのひとつの特徴だと多くの論者も指摘している。従来の作品では、自己の運命に抗うという設定が多く、いわば物語内でのルールの支配者は別に存在していたからだ。それは明示的はなく暗示的にである場合も多かったが。

■『コードギアス』で注意を向けなければならないのが、ルルーシュの世界変革はナナリーという妹のためであるということだ。むろんそこには自分のセカイの創出という目的を包含しているのだが、自分のセカイよりもナナリーのセカイを優先している点が、すでにルルーシュのセカイは開かれている。つまり、他人を取り込んだいわば共同体セカイの幸福の達成を秘めていたのである。

■現時点で、すでにルルーシュは、仲間のいるセカイを志向している。しかし、本来ゲームの支配者である彼が、他人をも含めたセカイを至上目的とするとすでに支配者としての権能は限定的、いやむしろその限界性ばかりが目立つものとなる。この場合、結局はルーラーは別に存在しているということになってしまう。

■また、かなりわかりやすく「セカイを壊す」という設定をもつアニメが、今期からはじまった『ワールド・デストラクション』だ。ゲームを原作(コラボ)とする本作品だが、この作品においても第一話からセカイを壊すことを目的とする準主人公(?)が、主人公を含んで仲間関係(パーティ)を組んでしまう。ここですでにセカイの破壊は仲間をも壊すというリスクをかかえているし、これ以降、この点に主題が置かれるであろうことは想像に難くない。『コードギアス』とまとめて注目してみたい。


★今日の補助線・視点
・ゲームの支配者は誰か
・他人のセカイと自分のセカイ



テーマ:コードギアス 反逆のルルーシュ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/08(火) 11:59:25|
  2. コードギアス
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単純なドラマを濃密に歌い上げるということ:『マクロス フロンティア』

『マクロス フロンティア』(河森正治監督、2008年7月現在放送中)

■『マクロスF』は多くの旧来のファンに向けられただけではなく、新たなファン層も獲得しているようだ。『マクロス』シリーズを貫く、「恋愛」「歌」「空(宇宙)」「メカ」という柱を上手くミックスさせることで視聴者の関心をひいている。ここに、多くのアニメ・ドラマに見られるように「恋愛」や「メカ」が分断されているような失敗はない。ここで効いているのが「歌」の威力だ。

■「歌」は「カルチャー・文化」として、河森監督が本作品で最重要とするほどに大きな役割を担わせている。アニメーションが、歌を通じてアニメ本来の要素の一つである「文化性」が引き出されている点が素晴らしい。また、戦争を歌で覆い尽くし凌駕するというお決まりのシーンもやはり圧巻だ。

■この作品も、実際はかなりベタベタなストーリーなのだが、観る者を惹きつけるためのこのような工夫が各所に見られる。同じTBS系の『コードギアス R2』の「恋愛」と「戦争」のコントラスト・分断と比較してみると面白いかもしれない。しかし、こちらはこちらで主人公ルルーシュの「智謀」によって結びつけられているとも解釈できるが。


テーマ:マクロスF(フロンティア) - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/04(金) 12:52:40|
  2. マクロスF
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『図書館戦争』という曖昧さ

『図書館戦争』(浜名孝行監督、2008年)
■先日、アニメ版が最終回をむかえた『図書館戦争』だが、中途での画像の悪化、単調な画面構成やストーリーの詰め込みなどの問題点を含んでいた。しかし、それよりも『図書館+戦争』という突飛だが、興味をそそられる設定をどう展開していくのかに注目して視聴していた。(※ちなみに私は原作を読んでいません。)

■結論からいうと、『図書館+戦争』は衆目を引くためのウケ設定であり、それを恋愛というテンションで飽きさせない、もしくはつないでいくという流れとなっていた。原作を読んだ友人は、小説の方は「読ませる」作品だといっていたので、これはあくまでもアニメ版の感想として。

■検閲行為を「読みたいものや書きたいことが制限される窮屈さはゴメンだ」という感情的発露(これ自体は実際には重要だとしても)によって一面的に描写し、「メディア良化」と対比されるべき「何が悪質なメディアか」という面は見えてこなかった。つまり、図書館をめぐり死傷者まで出すという(これはもちろんアレゴリックな)設定を作品内で非難する、または批判する「メディア」に対しての扱いが一面的で「間違ったメディア」と「正義の図書館隊」という二項対立で終始しているのも気になった。そして、武力や軍事の表現は、本作主人公が体現するような「明るさ」「まっすぐさ」と相まって、『図書館戦争』の設定が持っている事態の複雑さや困難さを、いわば「ゲームとして」解消してしまっている。

■ちなみに本作の「間違ったメディア」はいわば御用メディアであった。これは本作が放送されている局のワイドショーなどに見られるポピュリズムな傾向を考えれば、皮肉としては面白いのだが。

■また、「フィクション」であるアニメを、ここまで批判しなくてもいいではないか、楽しめばいいではないか、という意見もあろうし、それは十分に理解できる。だからといって、設定の持つアクチュアルな意味までを無視してしまうのはどうかと思ったので、批評してみた。


テーマ:図書館戦争 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/01(火) 15:36:07|
  2. 図書館戦争
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anicri

Author:anicri
批評によって「アニメをより面白く」がモットーです。
色んな角度からアニメを観る試みをしたいと思っています。

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