現代アニメ批評-アニメをさらにおもしろく-

現代アニメのストーリー面を主に批評していくブログです。自分の着想や視角をアニメーションをよりおもしろく観る「補助線」として書き綴っていきます。

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アニメ内の学園都市について


■(現代)アニメの設定における学校共同体の重要さは今までに幾度も指摘してきた。
その中で今回は昨今のアニメの「学園都市」について覚書を記しておきたい。

■「学園都市」とは学校共同体の夢(ユートピア性)をさらに純化した舞台装置である。そこにはたいていの場合「学生しか」存在しておらず、主人公のまわりで「日常」が展開される。学園ものにお決まりの(?)甘酸っぱい恋愛関係から、先生たちとのやりとり、「せんぱーい」「こうはーい」的な関係性などが「無理なく」描写される。「学園都市」という無理な設定が、これらの関係性を「無理なく」詰め込ませることができるのだ。

■たとえば、『鋼殻のレギオス』、『とある魔術の禁書目録』など。
また学園都市は個人と個人の関係性を学生というひと括りの関係性でフラットにしてくれる。メインで登場する先生は、基本的には「大人」としては描かれない。極端な例としては、『とある魔術の禁書目録』の先生、そして『鋼殻のレギオス』では、先生すら存在していない。

■もしくは、今まで書いてきた「アニメにおける学校共同体」からすれば、学園都市とはそれをさらに押し広げた舞台である。

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テーマ:アニメ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/05/26(火) 13:07:28|
  2. 空とアニメ
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アニメなど発信拠点に意義:NHKニュース

塩谷文部科学大臣は、閣議のあとの記者会見で、国が建設を予定している日本のアニメや映画などの情報を発信する国立の拠点施設について、「世界から評価を得ている分野を国が支援することが必要だ」と述べ、建設の意義を強調しました。
(NHKニュース(2009年5月26日)より一部)
http://www3.nhk.or.jp/news/k10013223691000.html

■無駄使いかどうかは今後の方針次第だが、アニメーションが「国民的」になって逆に自由度が減ったり、質が下がったりしないかと危惧する。

■また文科省や経産省内のコンテンツ産業利権に絡んだ官僚たちの利権争いではないか、という問題もあり、今後を注視したい。


テーマ:アニメ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/05/26(火) 12:46:16|
  2. アニメ産業
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「アニメの若手 年収100万円」NHKニュース

(NHKニュースより一部抜粋)

海外でも高い人気がある日本のアニメ産業の労働環境をめぐるシンポジウムが東京で開かれ、20代の若手スタッフの平均年収が100万円余りで、優秀な人材が育たないなど、問題を訴える意見が相次ぎました。
http://www3.nhk.or.jp/news/k10013162781000.html#

■(6月1日に追記)
若手が年収100万円というのは明らかな「冷遇」である。アニメは総合「芸術」であるがゆえに、製作費をいかに回していくかが上層部の関心事になるのは理解できるが、それゆえに「下請」が差別される体制が生まれてしまう。絵の美しさはアニメーション、とくにアニメファンにとって重要なのだろう。メディアミックスして大きく商売を展開することで生まれた利益をスタッフに「還元」することは不可能なのだろうかと考えてしまう。

■しかし、アニメーターは微妙な立場に立たされている。賃上げを要求すれば、首をきれられてしまうだろうし、実際に賃上げされれば、労働力の安い地域に仕事が回され、自らの首を絞めかねない。アニメーター内だけではなく、包括的に他分野の人たちの関心を勝ち取り、社会全体でこの問題を考えていかねば、解決の道などないだろう。

  1. 2009/05/23(土) 21:05:04|
  2. アニメ産業
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『夏のあらし!』第6話まで:表現の不可能に迫る

『夏のあらし!』(新房昭之監督、2009.4-、テレビ東京系)

■『夏のあらし!』は原作者曰く、「昭和っぽさ」を前面に出したい作品だということである(本作品第一巻)。そこで、昭和と切り離せない出来事として、「戦争」とくに民間人への空襲を持ってきた点は重要である。実は戦後、つまり昭和を生きた人のほとんどは、戦争を「大陸での戦闘」と「空襲被害」として記憶してきた。特に、経済復興の華々しさとセットになって語られるのは、「空襲の焼跡」であった。そのコントラストは昭和社会に埋め込まれた傷のようなものである。こういう意味で空襲は、昭和社会にとってかかさざる要素であり、その死のタブー化という暗部として機能していた。

■第6話では、空襲シーンが描かれている。そこでは主要登場人物以外の「民間人」は「影」として描かれ、その表情は隠される。つまり、そこは表現不可能なのだ。しかし、その影から視聴者がは恐怖や「どうしようもなさ」を感じ取ることができる。空襲を体験していないほとんどの視聴者は、そのシーンを「思い起こす」ことは不可能であり、「感じ取る」しかない。

■そして、爆撃シーンでは音の描写にこだわり、そこで一気に場面の中心は、空襲を体験する潤の内面だけの描写に迫られる。今までの反戦メッセージの込められた空襲アニメ(ガラスのうさぎなど)は、「空襲のリアルさ」をアニメという媒体で表現しようと必死であった。しかし、『夏のあらし!』では個人の内面だけに焦点を当てることにより、アニメのウソっぽさ、つまりどれほどリアルに描いても描ききれないものを描写しようという試みている。

■よって、空襲シーンでは死体が描かれるのではなく、気持の悪い赤と黒の模様などが描かれるのである。これもまた空襲そのものではないが、その表現の不可能性を自覚しつつ、その不可能性にせまる表現として非常に優れているといえる。


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  1. 2009/05/16(土) 01:27:06|
  2. 戦争とアニメ
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『けいおん!』と『らき☆すた』:先生や郷土についてのメモ

『けいおん!』(山田尚子、TBS系、2009.4-)
『らき☆すた』(山本寛、武本康弘監督 2007)

■「やんわり、温かコミュニティ」を描いているよう作品では、共通した女性教師の役割がある。まず、彼女たちに「外部」を提示する、教師として普通の役割だ。『けいおん!』の場合は、顧問である山中さわ子が音楽指導も一部では行う。『らき☆すた』の場合は、主人公たちを旅行に連れていく同伴者としてである。しかし、その導き手としての役割よりも、彼女たちがむしろ彼氏なしの「主人公たち女生徒」の側に立っている点が重要であろう。外部者(庇護者)でありながらも、主人公たち高校世代の設定と同様にセクシャルなものを脱色させられた存在は、主人公たちが形成する争いのない「温かいコミュニティ」を補強しているのである。

■すでに指摘されているように、『らき☆すた』は埼玉県春日部市付近を、『けいおん!』は京都市を舞台にストーリーが展開していく。特に具体的な叙述はないものの、舞台を郷土に設定することは、土地という「確かさ」がフィクションである物語に影響を及ぼしている。それは、おそらく「やんわり、あたたかコミュニティ」とも関連しているのではないだろうか。


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  1. 2009/05/12(火) 01:17:49|
  2. けいおん!
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『けいおん!』 第六話まで:温かいコミュニティを歌う

『けいおん!』(山田尚子、TBS系、2009.4-)

■いわゆる「まったり、ゆるゆる系」の学園ものに分類されるであろう本作だが、軽音部でのバンド・歌という共同(シンクロ)活動を通じて「温かいコミュニティ」の意味がさらに強まっている。構成上も緩急がはっきりしていて「ゆるゆる」だけではない部分がバンド(一緒に演奏)という部分で補完されていて、観る者をあきさせない作りも秀逸だ。

■ちなみに、「まったり、ゆるゆる系」といえば、たとえば『らき☆すた』などがあるが、このTVアニメ作品との共通性にも注目したい。

■まずは、「女子高生キャラ」に主な登場人物の位置を与え、男性は詳細には全く描かれていない。ここで恋愛という、ゆるゆるをぶち壊してしまう(そう視聴者が感じるかもしれない)やっかいなテーマを排除している。

■次に『らき☆すた』最終話でもあった学園祭で「一緒に踊る」という行為と「一緒に演奏する」という行為の共通性である。ただし、『らき☆すた』がダンス本番前で終了したのに対し、『けいおん!』は今回の第五話で最後まで歌い切っている。

■その『けいおん!』での学園祭の演奏シーンだが、プロモーションビデオ風のアレンジメントにするとは、予想外で虚を衝かれたが観る者をあきさせず、また、演奏シーンというアニメにとっては単調化の危険性のあるシーンであっただけによかったと思う。(※OPとEDともにプロモ風なのでその前提のようなものはすでに用意されていたのだが)

■そこでそのプロモーションビデオ風のシーンでは、アメリカに演奏旅行?にいく4人が、暴力(銃とガスマスクが象徴的だ)によって演奏中止を迫られるが、「Love and Peace」という札を出してトンズラするという演出であった。これも今まで書いてきた「温かいコミュニティ」を、自身の趣味やオタクワールドに埋没するのではなく、自分たちの世界を大切にするという評価を与えられている部分と関連している、、、と書けば飛躍だろうか。

■ちなみにEdテーマの歌詞で、
「大事なのは自分 かわいがること自分を愛さなきゃ 他人(ひと)も愛せない」
というメッセージとも「温かいコミュニティ」は関連していると思われる。


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  1. 2009/05/08(金) 11:07:32|
  2. 伝えようとするアニメ
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『東のエデン』第5話まで:非リアル・リアルという二つのセカイが交錯するアニメ

『東のエデン』(2009.4-、神山健治監督、フジテレビ系列)

アニメにおける「労働」とは?
★フィクションであるアニメが、リアルを混在させること


■『東のエデン』は、「分断させた二つのセカイ」を混在させることでストーリーを進めていく。それは記憶をなくし、100億円で「この国」を救うためにセレソンに選ばれた朗のセカイと、就職や恋愛に悩み生きる咲のセカイである。このふたつが二人の主人公を通して交錯するという構造をもつ。そこにさらに、ミサイル「テロ」という背景が混じることで物語を深めている。

■フィクションの中でいくつかの層にある「リアル」を作り出し、それぞれを浮き立たせる演出は秀逸である。それはオープニングで描写される廃墟と主人公、そしてその中にテレビを配置し、東のエデンのOPを映像で流すという二重構造がこれを端的に象徴している。この作品でのリアルは、テロ・戦争のリアルもあるが、就職や社会人などのリアルも語られることが逆に、労働のリアルや若者のリアルを浮き立たせるのである。

■また、朗と咲の二つの「セカイ」が交錯することは、EDで切り絵のそれぞれが反対側であることにも象徴されている。そして二人が重なり合うことで、ひとつのセカイ=1枚の紙となるのである。



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  1. 2009/05/08(金) 00:40:07|
  2. 東のエデン
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『シャングリ・ラ』第5話:「で、しあわせ?」

『シャングリ・ラ』(別所誠人、テレビ東京系など、2009.4-)

★「分断された世界」の共通項を暴きだす問いとは?

前に書いたように『シャングリ・ラ』は、分断された世界を際立たせて描く。その中で、今回は、主人公クニコとクサナギとの会話に、二つに分断された世界の二つの現実を貫く問いが提起されている。

■「下界」に住むクニコは、アトラス(上の世界)に住むクサナギに問う、アトラスでの生活は幸せなのか、と。それに対しクサナギは答えに窮してしまう・・・

■分断された世界はそれぞれの論理をもっており、それぞれに正しさが存在している。ただ一点だけ、「幸せかどうか」という共通する疑問を軸に考えた場合に、そこに相手への視点が混じり込んでいる。この「幸せ」を軸に、分かれてしまった遠い世界(物理的には近い)世界について考えをはせるという、本作のひとつの主題がここに浮かび上がっている。


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  1. 2009/05/05(火) 00:24:03|
  2. シャングリ・ラ
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Author:anicri
批評によって「アニメをより面白く」がモットーです。
色んな角度からアニメを観る試みをしたいと思っています。

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