現代アニメ批評-アニメをさらにおもしろく-

現代アニメのストーリー面を主に批評していくブログです。自分の着想や視角をアニメーションをよりおもしろく観る「補助線」として書き綴っていきます。

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『けいおん!』の遺したもの

『けいおん!』(山田尚子、TBS系、2009.4-6)

★「温かコミュニティ」アニメの到達点、その最終話(番外編)が示すものは?

■先日、京都アニメの人気アニメ『けいおん!』が終了した。第二期を待つ声も多いようだが、第一期ですでに「温かいコミュニティ」を描くアニメとして十分画期的アニメとなった。

■番外編と題された「最終話」後の話では、まさに番外としての『けいおん!』が描かれた。そこでは、各登場人物の各個人の悩み・チャレンジなどを中心に描くことで、まさに温かコミュニティを際立たせた構成となった。

■その中でも、りつのラブレター?そわそわ話は、いわば「温かアニメ」では女性教師キャラクター以外にはタブーとされる恋愛的要素を導入したものであった(結果はどうあれ)。また、アルバイトの話や一人旅などは、各個人の個性に焦点を当てたものである。

■この話は以後の温かアニメを暗示するような構造となっている。つまり、「軽音楽部」という共同体以外に彼女たちの別個性が描かれている点である。もちろん、こういうシーンが飛び出すようなアニメも多々存在したが、最後に描かれた「軽音楽部以外の世界」とのつながりへの暗示は、これからのこの種のアニメのヒントになっているのではないだろうか?

■つまり、「戻るべき共同体」は丹念に描きながらも、各自の所属する共同体にも言及されるような複層的な個人を描くという試みである。


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テーマ:けいおん! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/06/26(金) 18:19:01|
  2. けいおん!
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『けいおん!』:温かアニメとしての完成型

『けいおん!』(山田尚子、TBS系、2009.4-)

■『けいおん!』は、いちおうの最終話ということだった。第一話とのリピート効果をうまく使いながら、「はじめ」と「終わり」を主人公ゆいの独り語りによって、彼女の変わらない部分とそして変わったことを明確に表現しきったエンディングであり、ひとつの完成したかたちをみた思いだ。

■特に『けいおん!』は、温かいコミュニティを描くアニメが陥りがちな途中のだらけを生じることなく展開していった。原作も早い展開なのだが、しかし、アニメ製作者側が、アニメとして「温かさ」を繰り返しと変化の中で描ききった点は高く評価されるべきだろう。

■それは、次回が「番外編」としていることに明らかに示されている。つまり、今回で「ゆいの成長とあいかわらずさ」の演出で「最終話」としたことには製作者側の明確な意図があるからだ。


テーマ:けいおん! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/06/19(金) 19:16:51|
  2. けいおん!
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『夏のあらし!』第11話:大本営発表についての注記

『夏のあらし!』(新房昭之監督、2009.4-、テレビ東京系)

■第11話の『夏のあらし!』では、最初の昭和20年3月10日のシーンで「大本営発表」がラジオ放送された。それについてのメモを記しておきたい。

■あの大本営発表は、
以下、http://www10.ocn.ne.jp/~kuushuu/d200310.htmlより引用


大本營發表(昭和二十年三月十日十二時)

本三月十日零時過より二時四十分の間B29約百三十機主力を以て帝都に來襲市街地を盲爆せり
右盲爆により都内各所に火災を生じたるも宮内省主馬寮は二時三十五分其の他は八時頃迄に鎭火せり現在迄に判明せる戰果次の如し

 撃墜十五機
 損害を與へたるもの約五十機

(引用終わり)
というものであった。

■本アニメでは、最初の「…盲爆せり」までが流され、その後は主人公たちの会話によって部分的にしか聞くことはできない。しかし、その「部分的」というのがアニメの発するメッセージの限界点でもあり、また、別の意味で印象付ける効果を生んでいたともいえる。
もちろん、ポイントは「盲爆された・・・『宮内省の一部』は燃えたが鎮火した」というあまりのもあり得ない発表だ。実際には片や、確実に何万人の人々焼け死んでいることはこの時点でわかっているわけだが、それは報道されない。この権力のおぞましさの本領そして戦時下体制の醜悪さが凝縮されている文言は、ほとんどセリフでかき消されている。

■私は、その部分を「はっきりアニメでも流すべき」という意見ではない。むしろ、セリフによってかき消された方が効果的だったと考える。

■前にも書いたが、『夏のあらし!』は原作を超え、そのアニメ版はさらに「限界」を目指している。


関連記事:『夏のあらし!』第6話まで:表現の不可能に迫る

テーマ:夏のあらし! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/06/16(火) 16:20:27|
  2. 伝えようとするアニメ
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『クロスゲーム』:ジェンダーの接戦

『クロスゲーム』(関田修監督、テレビ東京系列ほか、2009.4-)

★『クロスゲーム』はあだち作品の中で、まさにクロスゲーム、「接戦」的作品である。
★なぜ、ヒロインの青葉はツンツンしているのか?

■『クロスゲーム』は、あだち充原作の漫画のアニメ化である。あだち作品では、汗臭さのない作品が多くリアルにかけていると私は考えていたが、その美しい背景描写などは評価する声が多い。ちなみに誤解のないように記しておくが、マンガ・アニメにおいてリアルに欠けているということは作品全体の良し悪しとは直接関係なく。そのリアル感が作品のテーマと接合されていれば「良い作品」で、逆に非リアル感がうまくテーマやストーリーと合致していれば、それも「良い作品」なのだ。

■『クロスゲーム』はあだち作品の中で、まさにクロスゲーム、「接戦」的作品である。つまり、従来の男性主人公=スポーツ、特にピッチャーという枠組みは保持しながらも、女性(ヒロイン)も野球をするという設定が新しい。

■これはある意味で、社会的なメッセージを自動的に帯びてくる。つまり、女性は「甲子園のマウンドに上がれない」という「不思議な」ルールを暗に批判していることになるのだ。しかし、あだち作品の脱色性、脱臭性からいってあまりにも主人公が悲劇的かつ感情的で、高野連批判的な色合い出すのは避けられている。よって、ヒロイン青葉は、傍から見れば強そうなキャラとして、つまりツン(デレ?)キャラとして表現されているのである。

■こういう意味で、本作はクロスゲーム、つまりあだち作品における「接戦」、ギリギリの戦いである。しかし、作品欲の激しい私は次回作で女性主人公が野球選手で、男性主人公がそれを見守る的な作品を期待してしまっているのだ。


テーマ:クロスゲーム - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/06/15(月) 09:45:02|
  2. 伝えようとするアニメ
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歌い踊るアニメオープニングの比較:『けいおん!』『バスカッシュ!』『夏のあらし!』その他

『けいおん!』(山田尚子、2009.4-、TBS系)
『夏のあらし!』(新房昭之、2009.4-、テレビ東京系)
『バスカッシュ!』(板垣伸、2009.4-、TBS系)

★今クール三作品のOP・EDなどについてやや感想めいたメモ+最後に分析を。

■これら今クール放送の三作品は、偶然にもすべて「!」マークの付く作品だが、それぞれその勢いをOPテーマにかけているような気がする。『けいおん!』では、主人公たちが演奏するという舞台での歌を採用している。『涼宮ハルヒ』『らきすた!』『かんなぎ』などを継承しつつも、さらにその亜種としての、主人公(たち)が演じるOPとして成功している。

■他方で『バスカッシュ!』は、アイドルグループがOPを唄いながら演じるというスタイルを取るが、意外性に乏しい。作画の美しさや歌と画像とのマッチングなどは良いと感じるのだが、すでに新境地を開拓された分野「演じるオープニング」ではインパクトが薄い。

■さらに『夏のあらし!』は「昭和」をイメージしたOPであり、主人公たちが歌うわけではないが、その歌『わたしだけにかけて』のインパクトと登場人物を幾度と繰り返し登場させる手法は効果的だ。ちなみにEDで主人公が歌うスタイルを採用しているが、キャラを明示するのではなく、暗示するような手法を取っているのでしつこさを感じない。

■さて、最後に昨今のOP・EDの特徴だが、主人公たちが「まったり、あったかい世界」をアニメ内で展開する作品では、彼女たちの世界に没入させるためにOPですでに彼女たちが前面に出て「大活躍」するわけである。その意味でも『バスカッシュ!』はそのレールに乗っていない作品であったことが、このOPの差にあらわれている。


テーマ:けいおん! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/06/08(月) 23:12:20|
  2. けいおん!
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『東のエデン』:前半の「リアル」と後半の「フィクション」

『東のエデン』(2009.4-、神山健治監督、フジテレビ系列)

★前半の「リアル」が、後半の「フィクション」を喰っているのではないか(第9話まで)。

■『東のエデン』は、今クールで一番注目している作品だ。しかし、多くの視聴者は第5話あたりからのえもいわれぬ違和感を抱き始めているのではないだろうか。

■その原因のひとつが、前半の「リアル」表現が後半の「フィクション」表現に影響を及ぼしているせいではないかと思う。たとえば、前半には「アメリカ・ホワイトハウス」「就職活動」「パン屋」などのわれわれの住む「現実社会」に関連した舞台装置が登場した。その中で「迂闊な月曜日」と言われるミサイル事件などのフィクションが「リアル」に接合された形で不思議な感覚を生みだし、それが効果的であった。

■しかし、第五話付近から物語の決着をつけるべく種明かしをしていく過程で、前半の「リアルさ」からあまりにも乖離した「フィクション」が描かれだされた。悪く言えばご都合主義的な表現が連発したということであろうか。たとえば、セレソンの一人、白鳥・D・黒羽などの登場する回などである。

■もうすでに前半の「リアル」さは後半のやや破天荒な表現を物語世界につなぎとめておくことができなくなった。第8話―9話で「京都」という場が出現し、「リアル」を演出しようとするが、すでに離陸したフィクションをつなぎとめることはできていないのである。

■「リアル」と接合された装置の出現を、第10話、11話で期待したい。もしくは、必要なのは中途半端さを避けるためのあっと驚くフィクションだろうか。ここで試されているのは、School Food Punishmentが歌うEDテーマ『Futuristic Imagination』、まさにその想像力なのである。


テーマ:東のエデン - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/06/06(土) 00:43:22|
  2. 東のエデン
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アニメ施設、漫画家ら討論:NHKニュースより

NHKニュースより一部引用
http://www3.nhk.or.jp/news/k10013438931000.html#

日本のアニメや漫画などの情報を発信しようと政府が計画している施設について、漫画家や研究者などによる討論会がおこなわれ、「どのような施設にするのか、内容について具体的な議論を進めていく必要がある」といった意見が交わされました。
(中略)
討論会では、「ハコモノをつくるのではなく、アニメの制作現場の労働問題の改善に予算をかけるべきだ」という指摘に対し、「現場の厳しさは理解するが、労働問題と文化の保存は別の議論ではないか」といった意見が出るなど、計画をめぐって活発な議論が交わされていました。



■本来は文化の保存とその労働者(製作者)の問題は、別問題ではない。たとえば、「真逆の例」ともいえるが、すたれゆく日本の伝統工芸は、職人たちの労働状況が閑却され、その環境(給料も含めて)が悪くなったことが原因ではないのか。

■「国立メディア芸術総合センター」が国家予算を117億円をかけて建設されるなら、その中の部門で「アニメーターをめぐる環境問題」を扱ってもよいのではないだろうか。

■多くの芸術・表現者系にビンボーはつきものだが、すでに巨大資本のモーターで動いているアニメ業界では、職場における自己の決定権が少ないゆえに、大きな観点から労働状況を問題視する必要が出てきているのはいうまでもないことだ。



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  1. 2009/06/05(金) 20:55:48|
  2. アニメ産業
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『スカイクロラ』:そのメッセージ

『スカイクロラ』(押井守、2008年)

■『スカイクロラ』は押井監督の最新作であり、2008年の期待作であった。正直、監督が気負いすぎている部分があり、衒学的にすぎる表現が連発するので、以上に困難な作品になっている。

■まず、セリフの少ない(沈黙シーンの多い)本作では、メッセージが意外なほどに直接的に伝えられる。それは、ひとつはあまりにも単純なメッセージ「人は、どこかで戦争が起き、そこで誰かが死んでいないと平和の意味すら忘れてしまう」というものだ。押井監督が対談本『戦争のリアル』などでも言及していることだが、やや単純な平和・戦争観である。なぜなら、人々は、むしろどこかで戦争が起きていても、知覚することはなく、また、空襲下にも日常生活があるように、「戦争が起きている=平和の意味を知る」という図式よりはもう少し複雑な世界に生きているのである。

■もうひとつは、「キルドレ」は永遠に子供のままで生きるがゆえに、過去を持たない。いや実際には過去があるのだが、過去は彼らには意味をもたない。これは現実でも、子供(幼児)が「時・場所」を超越した現在意識を持つことと同じである。この「キルドレ」の特性がどのようなメッセージにつながっていたかという点は、まだうまく言葉にできないので、(二回見たけど)もう一度観る必要があるのかもしれない。


■メモ:ティーチャー(教父)は、システムとして彼らに立ちはだかる。システムに逆らう意思とそれに打ち砕かれる現実が描かれる。

■メモ:空の美しさを、人が死ぬ場として残酷なものとして描く。


テーマ:アニメ - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/06/01(月) 00:58:25|
  2. 空とアニメ
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批評によって「アニメをより面白く」がモットーです。
色んな角度からアニメを観る試みをしたいと思っています。

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