現代アニメ批評-アニメをさらにおもしろく-

現代アニメのストーリー面を主に批評していくブログです。自分の着想や視角をアニメーションをよりおもしろく観る「補助線」として書き綴っていきます。

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戦闘と生活:『ぼくらの』と『ライディーン』を比較する

『ぼくらの』(森田宏幸監督、2007年7月現在放送中)
公式サイト
『REIDEEN』(本郷みつる監督、2007年7月現在放送中)公式サイト

『ぼくらの』:現在、第14話「迷い」まで視聴。(※ネタバレあり)
『REIDEEN』:現在、第18話まで視聴。

■以前に、『ぼくらの』で子供に注目しすぎるが故の大人へのまなざしが欠如していることについて言及した。これに対して14話から大人へとストーリーは拡大していく。自らもジアースの操縦者となった田中が同操縦者の宇白純の実の母親であるという設定と認知研の吉川の母子の問題である。

■ここでアニメ(特にロボット物など)に登場する「戦闘行為」と生活について考えてみたい。現在、放送中の『ライディーン(REIDEEN)』と『ぼくらの』をくらべてみると面白いことが分かる。

■『ライディーン』では設定を現代に置き換えてはいるが、30年前のロボット物の伝統を受け継ぎ、ロボットの戦闘と日常生活との間に隔絶が存在している。明らかに戦闘行為の描写に時間を費やし、生活や主人公の葛藤などの描写は戦闘とは「別世界」の出来事のように感じる。

■それに対し、『ぼくらの』においては戦闘行為そのものが必然的な「死」をめぐるものであり、生活(生きること)に焦点が当てられていた。ここには戦闘行為と生活の差異はあやふやなものになっている。

■『ライディーン』ではエヴァ以前のヒーロー物の「生と死」をうまく象徴している。つまり、主人公ヒーローは死の危険を象徴的には感じつつも、(最終話までは)死んではならないという規則のもとにおかれているのである。

■エヴァを体験した世代にとって、『ライディーン』は一種の懐かしさはあるが、退屈に感じる部分が多く『ぼくらの』の方に強く惹きつけられるといって良いだろう。ただ、『ライディーン』も15話以降、ロボット戦闘シーンが減らされ、主人公、才賀淳貴の等身大の生活空間へとストーリーが移行してきている点には注目したい。

■さらに『ぼくらの』に関しては、戦闘する主体に親も子も巻き込まれているという設定は新しく、今後に期待するところ大である。




ブログ内記事:
『ぼくらの』(1)~(4)
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テーマ:ぼくらの - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2007/07/15(日) 18:12:23|
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