現代アニメ批評-アニメをさらにおもしろく-

現代アニメのストーリー面を主に批評していくブログです。自分の着想や視角をアニメーションをよりおもしろく観る「補助線」として書き綴っていきます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

さらに濃密な「学校」空間へ:『らき☆すた』

『らき☆すた』(山本寛、武本康弘監督 2007年)

★視点・補助線
・ゆるい学校空間の究極的表現
・同窓会的な居心地の良さとそれがアニメ化される日本の現代アニメ
・『らき☆すた』に出てくるキャラ分類によって、再考を迫られる「萌え」「ツンデレ」「オタク」などの定義


■ここ最近、私が書いたブログ記事でのキーワードが、アニメの「学校空間」なのだが、『らき☆すた』は端的にその特徴を表している作品だ。まず、妄想の渦巻く空間や、「思い出」もしくは「こうありたかった妄想」を投影する空間としての学校が強烈に描かれている。

■メインキャラは女性たちであり、それぞれが「萌え」「ツンデレ」などの要素を象徴する。そして、彼女たちは決して「リアル」な恋をしない。基本的な話題は日常生活で誰もが感じるような疑問だ。この時点でもすでに日本社会限定的知識に閉じているのだが、とくに主人公の「こなた」が印象的だ。

■彼女は、いわゆる「オタク女子(腐女子)」として、オタクの博学さを披露するのだが、その内容は、他のアニメやゲームなどをたしなんでいなければ、理解することはできない。しかし、理解できたときの「同窓会」的の心地よさと知的遊戯の快感がポイントである。

■このアニメは「閉じられている」内容だが、いわゆるオタク人口がここまで増加し、サブカル立国日本と称するまでに至った状況下で、本作はアニメーション化により電波に乗せても多くの支持を得る要素を含んでいた。

■この濃密な知識の世界は、そこの住人には充足感を与えてくれるものであろう。しかし、『げんしけん』によっても表現されていたように、従来は「リアル」な同窓会的なコミュニティにおいて、このような知的欲望は満たされていた。それをアニメが積極的に供給するようになった状況をどう考えるべきだろうか?これについては課題としておきたいが、アニメが『エヴァンゲリオン』などを含め、前のアニメのパロディを繰り返す習性のあるサブカルである以上、『らき☆すた』はこの型を踏襲し、その究極型を突き詰めたものであるといえる。

■また、本作中でも指摘されているが、「ツンデレ」「萌え」などの定義は登場キャラを通じて、その定義の再考が迫られるというメタ・レベルな要請を含んでいる点はおもしろい。そこから生じて、「オタク」とは一体何か、までに考えが及ぶような契機を与えてくれる作品でもある。



スポンサーサイト

テーマ:らき☆すた - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2008/07/14(月) 22:02:16|
  2. 観察される「オタク」
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<Frontierとはいったい何か?:『マクロスF(3)』:第15話 | ホーム | なぜマクロスFは「面白くない」のか?:『マクロス フロンティア』(2)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://animecritic.blog108.fc2.com/tb.php/92-54536451
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

anicri

Author:anicri
批評によって「アニメをより面白く」がモットーです。
色んな角度からアニメを観る試みをしたいと思っています。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 映画ブログ アニメ映画へ にほんブログ村 アニメブログ 新世紀アニメへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ サブカルチャー論へ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。